カテゴリー: お知らせ

  • 「なぜ」と聞かない質問術

    私が長年関わっている国際NGO「シャプラニール=市民による海外協力の会」の大先輩である中田豊一著「「なぜ」と聞かない質問術」を読んだ。

    シャプラニールの活動は、1972年、独立間もないバングラデシュの荒廃した農村から始まった。そして長い間、何人もの日本人が貧困対策に取り組み、多くの失敗をした。その教訓として「当事者主義」、つまり日本人がどれだけ働きかけても(何を与えても)、貧困に苦しむ当事者が変わらない限り、何も解決しないことを学んだ。

    同書のエッセンスは、当事者に適切な質問を行うことで、当事者自身に事実関係を振り返ってもらい、主体的な問題解決に導くことである。

    単に「なぜ失敗した?」という質問は、相手を追い詰め、言い訳(思い込み)や質問者への忖度(力関係)を誘発し、問題解決に繋がらないことが多い。重要なのは、「いつ、何をした?」というような事実確認の質問を繰り返し、当事者自身に失敗に繋がった事実を時系列で思い出させ、解決策にたどり着いてもらうこと。

    面白いのは、途上国の課題解決の現場で培われた質問術が、ビジネス書を得意とするダイヤモンド社から出版され、ビジネス雑誌「プレジデント」で取り上げられたことだ。課題解決の基本は途上国でも日本のビジネスでも本質的には変わらないのだろう。

  • 「運動」も「仕事」

    私が52才で東京での仕事を早期退職し、富山にUターンした主な理由は、「このままだと楽しい老後がこないのでは?」という不安だ。父が定年と同時に脳梗塞に襲われ、不自由な老後生活を強いられた。

    東京では、「メタボ」の烙印を押され、人間ドックの結果も年々悪化、楽しい老後生活の希望が失われつつあった。会社での仕事が一段落したので、迷わず「早期退職」を願い出た。

    2020年に富山にUターンし、生活が一変。ストレスが減り、暴飲・暴食もしなくなり、毎日の睡眠も約8時間、そして週に3~4回、近所の市営ジムに通っている。その結果、「メタボ」から卒業。体が軽くなり、自然に動くようになった。

    私の場合、厚生年金と終身年金保険の保険料を払っている(投資額)。その代わり、長生きすればするほど、より多くの年金(投資のリターン)が得られる。100才まで生きれば十分に元を取れる。株式投資のように、価格変動リスクもない。

    巷では様々な投資指南が行われているが、年金への投資が最も良い方法ではないだろうか?健康と長生きへの意欲も高まる。私は運動を年金を稼ぐための仕事と考えている(長生きすることで得られる利益)。 「仕事」と思えば「運動」も苦にならない。

  • 親孝行な「お金」

    米国から知人が仕事で来日したので、急遽上京、1週間ほど滞在した。雪に埋もれた富山から(大雪警報)、澄んだ青空の広がる東京、「表日本はいいな~」と思わずFacebookに投稿した。

    年に数度の上京は、単に友達に会いに行くだけではない。個人投資家として、富山では感じられない、日本経済の動きを体感することも大事な任務(毎日2万歩、歩き廻った!)。

    先ず新幹線を降りて東京駅近辺を調査。労働者不足、資材価格の高騰にも関わらずビルの建て替えが着々と進行中(強いオフィス需要)。新宿駅と渋谷駅で乗り換えたが、両駅とも大規模工事中。案内板を解読できず、同じところをぐるぐる回った(外国人は大丈夫?)。人口減少に苦しむ富山と比べ、東京は商業都市としてだけでなく観光都市としてもどんどん進化している。

    外国人にとってのお得感か(円安)、株高による資産効果か、お金持ち相手の店舗がキラキラ輝いていた(私にとって別世界)。 私が東京で暮らした期間は、ちょうど日本経済の失われた30年に重なる。バブル崩壊後の六本木で銀行員としてスタートし、コンサルタントとして事業再生にも関わった。

    私自身は、2020年に早期退職で富山にUターンし、のんびりと余生を過ごしている。一方、私の分身である「お金」は、東京に留まり、現役でまだまだ頑張っている。私の「お金」を息子に例えると、長男は東京で(Topix、国内Reitなど)、次男は海外で(海外インデックス、Reitなど)、3男は新興国で(インド、ベトナムなど)働き、3兄弟とも生活費も使わず、稼ぎを全額仕送りしてくれる。

  • 英語の先生はAI

    私自身、40年程前、高校卒業後に渡米し、勉強と仕事の合計で7年ほど米国に滞在したが、その後、英語を使わない期間が長く(言い訳?)、現在の英語力はかなり怪しい。

    2020年に富山にUターンし、時間に余裕ができたので、英語の勉強を再開。こんどはAI先生という強い味方もいる。最初はELSA Speak、現在はSpeakを使っている。

    Speakでは、レッスン動画はパスし、毎回自分で設定する場面でチャットボットと会話をしている。会話終了後は、苦手なプレーズを含む文章を反復練習する。

    日本人の発音に慣れた生身の先生であれば、数回指摘すると面倒になるので先に進み、生徒も出来るようになったと勘違いする。AI先生の優れたところは、出来るようになるまで何度でも機械的に指摘するところ(妥協なし)。そして生徒も、先生に遠慮なく同じことを繰り返せる。

    最近もう一つ気づいたのは、英語は短期集中でなんとかなる数学や物理と異なり、音楽やスポーツのように毎日の反復練習がものをいう。頭で考えていては円滑なコミュニケーションが出来ないので、体で覚えるしかない。ただ、英語は才能がものをいう世界でもある。残案ながら、私にはその才能がない。お金について考えるのは得意なのだが!

  • 給付付き税額控除?

    手っ取り早く票を稼ぐには「消費税の減税」なのだろうが、目指すべきは人々の困窮度に応じて手を差し伸べる「給付付き税額控除」である。確かに消費税は所得の大小に関わらず課されるため逆進性があるが、多額の消費を行う高所得者にとっては逃げようのない税金であり、実際にも高所得者の方が多く支払っている。

    ただ、ほとんどの国民が確定申告していない日本では、その制度設計が難しい。困窮している人ほど確定申告をしておらず、そのような人の困窮度をどのように把握し、必要な給付額を算出し、実際に給付するかの仕組みがイメージできない。

    かといって、確定申告を前提とするのにも無理がある。公認会計士である私でも、法人と個人の確定申告を行うのに四苦八苦している。公認会計士のプライドとして、税理士は雇えない(単にお金がないだけ?)

    ここはAIに期待するしかない! 将来的にはチャットボット君の質問に答え、必要な書類をカメラに提示するだけで確定申告が完了する時代が到来するはず。チャットボット君に頼んで、申告に必要な情報(源泉徴収額や社会保険料など)を収集してもらうことも可能になるのでは? どうせ税務署もアクセスできる情報、隠しても無駄。

    完璧を求める必要はない。30年程前ではあるが、米国の会計大学院(税務コース)で学んでいたとき、同じデータを10人の税理士に渡すと、10の異なる申告書が作成されると聞いたような気がする。

    先ずは導入し、試行錯誤しながら少しずつ改善していくしかないと思うが、「曖昧さ」や「失敗(リスク)」への許容度は低い日本では、なかなか一歩を踏み出せないのでは?

  • やめられない、とまらない!

    100才まで元気で生きるには「良く食べ、良く眠る」ことが重要。最近、米国では「アメリカ人を健康にしよう(MAHA)」の政策の下、超加工食品(ジャンクフード含め)への規制強化を検討している。リベラルな私でも共感!

    米国での報道によると、過去にタバコ会社が研究していた中毒誘発の仕組みが、ジャンクフードの製品開発にも応用されているとのこと。「やめられない、とまらない!」となる訳だ。私の体重が増えたのも、私の意思が弱いだけではなかったようだ。

    日本はどうなのだろうか? 日本のジャンクフードも米国に劣らず手が止まらない。嬉しいことに、富山にUターンしてからはストレスが減り、ジャンクフードの量もかなり減った。

    米国で超加工食品が多く消費される理由に、野菜・フルーツなどの生鮮食料品の価格が過ぎることが指摘されている。日本でも生鮮食品の価格は高く、スーパーの棚は加工食品で占められている。でも生鮮食料品の価格は本当に高いのだろうか? 生産者の苦労に見合っているのだろうか?

    富山にUターンしてから、農業サポーターを育成する楽農学園で、野菜と果実の講座を受講し、2年前から、梨農家の受粉、摘果、収穫等を手伝っている。未だ50代(働くメンバーで最年少)で体力に自信があっても厳しい作業だ。スーパーでの生鮮食料品の販売価格は適正なのだろうか? コメの適正価格の議論に注目している。

  • 心の栄養

    今朝の日経新聞一面コラムに、故丹羽宇一郎(元伊藤忠商事会長)の言葉「心に栄養を与えるのが読書だ」が引用されていた。私も読書好きではあるが、丹羽さんのように週に3冊のペースで読むことは出来ない。夜に本を開くと眠たくなるので、週に1冊が精一杯!

    そういえば東京の大きなモスクで、「日に3回の食事が体に必要なように、日に5回の神への祈りは心への栄養」と聞いた。丹羽さんの言葉を続けると「心に栄養が足りないと負の感情が生まれ、欲望をコントロールできなくなる」とのこと。

    情報を吸収する手段としてインターネットが発達した。ただ、インターネットから得られる情報も心への栄養なのだろうか? 最近、ネット上に、不安や怒りのような負の感情や、欲望をそそる情報が増えたように感じる。

    私は相変わらず紙の媒体が好きだ。環境には良くないが、新聞は紙での配達を待ち、本・雑誌も紙でないと読んだ気がしない。目が疲れないのも嬉しい。

    体への栄養の摂り方も様々であるように、心への栄養の摂り方も様々である。体だけでなく、心にも良質の栄養を摂るように心がけたい。100才まで人生を楽しむには、心の健康も重要。

  • 賢者の投資術

    水瀬ケンイチ著「彼はそれを『賢者の投資術』と言った」を読んだ。「賢者の投資術」とは水瀬さんが提唱・実践している「ほったらかし投資」のこと。投資スタイルが似ているので、数年前からフォロー。

    「ほったらかし投資」とは、インデックス・ファンド(低コスト)を使って長期・積立・分散投資の枠組みを構築した後は、基本的に何もしない。何もしないのに市場平均の投資収益を確保できるので、極めてタイムパフォーマンスが良い投資スタイル。

    私の個人ポートフォリオも「ほったらかし」で、昨年は取引実績ゼロ、配当金を生活費に充当。ただ、マネー・ゲームが趣味(生きがい?)なので、相場は毎日チェック。面白い投資アイデアが思いついたら、法人名義の証券口座で取引。こちらは、会社の赤字補填が目的で、毎年、一定額を稼ぐ必要あり。

    話を本に戻すと、テクニカル・アナリストが相場を外した言い訳が「ダマシ」、ファンデメンタル・アナリストが相場を外した言い訳が「織り込み済み」。説明は省きますが、投資経験者であれば一度は使う言い訳(苦笑い!)。

  • 青い壺

    有吉佐和子著「青い壺」を読んだ。私が小学校に通い出した昭和51年に文藝春秋に連載された話。 主人公の壺は、まだまだ亡父の域に達しないと試行錯誤を続ける京都の陶芸家が、たまたま焼き上げた一品ものの青磁の壺。 戦争の記憶を引きずった様々な人々の手に渡り、彼女らの人生と順々に関わっていく逸話を綴った作。

    最後は修道女の手でスペインに渡り、バルセロナの骨董屋で、日本から来ていた古美術評論家の目に留まる。 鑑定眼に自信のある評論家は、12世紀初頭の南宋で焼かれた名品と断言し、自分が焼いたと主張する陶芸家の言葉に耳を貸さない。

    東京で仕事をしているときは、実務的なビジネス書ばかり読んでいたが、最近は小説も読むようになった。「青い壺」も数か月前に話題になっているのを見て、図書館で予約、順番がようやく回って来た。

    小説家は凄いと思う。想像力で、どうして見てきたような物語を書けるのだろうか? もちろん、物語に具体性をもたせるために、多くの調査・取材を行っていることは想像できる。

    作家とまでは言わないが、私も文書が書けるようになりたいと思い、このブログを続けている。たかだか数百字であるが、それでも、結構、googleで言葉使いや漢字をチェックしている。文章を書くのは難しい。 ChatGPTには負けたくない!

  • 世界一の楽園を生きる!

    佐藤優著「定年後の日本人は世界一の楽園を生きる」を読んだ。 私がUターンした富山も、世界一とは言い切れないが、定年者が気楽に生きる地としては申し分ない!

    例えば、私が日本以外で唯一暮らした米国、医療保険が高くて買えない! そして、家賃を含め、全てが日本より割高だ。 米国はお金持ちにとっては楽園であるが、貧乏人には厳しい社会だ。

    国民皆保険に加え、高額療養費制度もある日本では安心して病院に行ける。モーレツサラリーマン時代、首肩の激痛で起き上がれず119に電話、「救急車、いくらかかりますか?」と恐る恐る聞くと、「心配しないで下さい」と優しく諭された。

    医療だけでなく、日本には高齢者がお金の心配せずに楽しめる場所も多い。私が毎週通っている図書館、様々な雑誌が無料で読め、話題の本も気長に待てば順番が回ってくる。現役時代と違い、急いで読む必要はない。

    バブル時代、日本の物価は世界一とも言われたが、30年続いたデフレのお陰で、外国人観光客に「安い、安い」と喜ばれる時代に。 シンガポールから来日した学生時代の友人も、居酒屋の質と安さに感心していた。

    日本の治安も高齢者にとって有難い。熊も怖いが人間がもっと怖い。東京の人混み(特に満員電車)では、面倒なことに巻き込まれることもあったが、富山では人との距離が保たれている。ただ、どこにいても詐欺からは逃げられない(世界共通)!

    以前は老後は海外でとの思いもあったが、今では富山が一番!