有吉佐和子著「青い壺」を読んだ。私が小学校に通い出した昭和51年に文藝春秋に連載された話。 主人公の壺は、まだまだ亡父の域に達しないと試行錯誤を続ける京都の陶芸家が、たまたま焼き上げた一品ものの青磁の壺。 戦争の記憶を引きずった様々な人々の手に渡り、彼女らの人生と順々に関わっていく逸話を綴った作。
最後は修道女の手でスペインに渡り、バルセロナの骨董屋で、日本から来ていた古美術評論家の目に留まる。 鑑定眼に自信のある評論家は、12世紀初頭の南宋で焼かれた名品と断言し、自分が焼いたと主張する陶芸家の言葉に耳を貸さない。
東京で仕事をしているときは、実務的なビジネス書ばかり読んでいたが、最近は小説も読むようになった。「青い壺」も数か月前に話題になっているのを見て、図書館で予約、順番がようやく回って来た。
小説家は凄いと思う。想像力で、どうして見てきたような物語を書けるのだろうか? もちろん、物語に具体性をもたせるために、多くの調査・取材を行っていることは想像できる。
作家とまでは言わないが、私も文書が書けるようになりたいと思い、このブログを続けている。たかだか数百字であるが、それでも、結構、googleで言葉使いや漢字をチェックしている。文章を書くのは難しい。 ChatGPTには負けたくない!