投稿者: ぐろべい

  • NISA貧乏!

    今朝のNHK朝のニュースで「NISA貧乏」が取り上げられた。今年の流行語大賞か?

    「老後2,000万円」のときもそうだが、感情に訴える言葉に便乗し騒ぎ立てる人、踊らされる人、同じことの繰り返しのような気がする・・・

    「NISA貧乏」とは、NISAの非課税枠を最大限に利用しようと焦り(特に若者)、無理をして投資資金を積み増し、日々の生活が貧乏になることらしい。バーゲンセールで余計な買い物するのと同じ?

    若い時から投資の経験を積むことは重要。しかし、もし将来を心配するのであれば、問うべきは「どのような人生を生きたいか?」であろう。その実現に必要なものは知識・経験・スキル・人脈等のはず。先ずは、自分への投資(健康を含め)を優先すべきでは?「稼ぐ力」と「健康」があれば、労働力不足が深刻化する日本、年齢に関わらず収入は得られる。

    怖いのは投資の中毒性だ。ゲームのように競争心が芽生え、目先の点数に拘り過ぎると、無理をしてでも積立金額を増やし、ハイリスクな投資にも手を出してしまう。そして、市場の乱高下が激しくなると(まさに現状)、気が気ではなくなり、肝心の本業が疎かになる。

    NHKの朝のニュースでも伝えていたが、先ずは「お金」を正しく理解することが重要(金融教育)。正しい知識のみが、「お金」が引き起こす良からぬ感情(不安、欲望、嫉妬)から身を守ってくれる。

  • 「頑張り過ぎ」の副作用

    今朝の日経プラス連載「元気の処方箋」のタイトルは「不調の多くは過剰から」であった(2026年3月21日)。日本人の美徳とする「頑張るべきだ」という思い込みが、体に無理を強い、不調の原因になるとのこと。

    記事によると、筋肉は使われた後の休息で修復され、より強くなる。無理を続けると回復されず、微妙な損傷が蓄積し、不調を引き起こす。大切なのは疲れや痛みを伝える「体の声に耳を傾けること」。

    ここ一週間程、腰痛でジム通いを控えている。一種の職業病で、これまでも年に1、2度ほど悩まされてきた持病。医者からは体幹を鍛えれば改善すると言われ、ジムでは有酸素運動の合間に、Youtube先生(スマホ)を見ながら30分の体幹運動を行っている。

    そういえば、最近、疲れが溜まっているのに無理をして体幹運動を続けていた気がする。私にも「頑張る魂」が宿っているようだ。6年前に早期退職し、脱メタボ宣言をしてから、ずっと体重を気にし、甘いものを控え、日々の運動を続けてきた(最低1万歩)。

    前の主治医から、少し小太りくらいの方が長生きすると言われたが、やはり気にしていた。先日の日経で「医療費抑制の効果などを踏まえ、50歳以上は上限を27とすべきだ」という主張が紹介されていた(「肥満指標、50歳以上は緩和を(日経新聞2026年3月10日)」)。

    現在、体重がかなりリバウンドし、BMIは基準の25に近づいている。しかし、これからは「美味し物を食べたい!」「今日は運動を休み家でゆっくりしたい!」という体の声には素直に従うこととする・・・(悩むところ!)。

  • 競争社会の生きる

    ハ・ワン著「あやうく一生懸命生きるところだった」を読んだ。韓国社会も超競争社会。著者は3浪して最難関美術大学に入り、イラストレーターの道に進む。しかし、成功とは程遠く、結局、お金と時間に追われた日々に疲弊し、40歳にして全てを投げ出す。

    ずっと「一生懸命頑張れ」と言われ続け、本人も頑張ってきたが、結果の出ない人生。何のために一生懸命頑張っているのか、立ち止まって問い直した。

    私自身、51歳で早期退職するまでは、人並みに頑張ったし、偉くなって稼ぎたいという気持ちはあった。でも、頑張っても結果が伴わないことが多く、どうにか少し偉くなっても、管理業務が増え、人間関係のストレスが増すばかりであった。

    多くの人が競争社会から抜け出せない理由として、著者曰く「これだけ頑張って来たから」「我慢してきたから」「お金を費やしたから」、そして「いい学校を出たから(プライド)」という思い入れ。ファイナンス的には「サンクコスト」への執着(過去に発生したコスト)。

    サンクコスト(この場合「過去の頑張り」)は、人生の意思決定に関係ない。意思決定で考慮すべきは、その意思決定によって「今後期待できる結果」と「今後必要となる頑張り」のみである。過去の頑張りを引きづっても、将来は変わらない。

    著者曰く、「同じ人生なら『一生懸命』より『楽しく』」。ぐろべい人生100年プロジェクトのモットーも「ぐろべいは100才まで人生を楽しみます!」。投手(野球)もリラックスしてマウンドに上がった方が、良い球が投げられるのでは?

  • 終活セミナー

    本日、私が長年関わっている国際協力NGO「シャプラニール=市民による海外協力の会」主催の終活セミナー「エンディングノートを書いてみよう!」にオンライン参加した。

    先日、自転車で移動中に車と衝突(怪我なし)。いつ、なにで死ぬか分からないので、残された人の為に必要な情報は整理しておこうと思いセミナーに参加した。

    100才までエンディングノートを更新していくのも大変なので、先ずは銀行、証券、保険、カード会社からの書類(明細など)を一つのファイルに纏めておこうと思った。最近は専らデジタルなので、年末残高ぐらいは印刷する?

    ただ、ノートに書き残すのも良いが、人生の最後にお世話になりそうな人との計画的な関係構築、意思疎通も重要では? 例えば、どのような医療・介護を受けたいかの項目では、ノートを介するより、「かかりつけ医」をもち、日頃から意思疎通しておけば安心。でも、そこまで面倒見てくれるかな?と不安もある。 葬儀や墓についても、お願いする人達に自分の意向を伝えておくことは可能。

    ぐろべい人生100年プロジェクトは、いかに100才まで楽しむかを目的にしているが、人生の終わりは必ず訪れる。終わりを見据えて(準備して)、今を精一杯楽しみたい。

    そうそう、シャプラニールが終活セミナーを行ったのは「遺贈」が目当て。私は長生きするので、かなり先の話になる。もし「遺贈」を検討中の人がいれば、是非ともシャプラニールに!

  • 問い方(視点)を変えてみる

    かなり前にブックオフでまとめ買いし、積んであった「自分の頭で考える日本の論点(出口治明著)」を読んでいる。東京にいた頃は、ブックオフでまとめ買いした本を置く場所に困ったが、今は実家の空き家がある(ぐろべい事務所)。ただ、最近はもっぱら図書館を利用。

    論点17「投資をした方がいいか?」

    中高年(私を含め)になると、老後資金が気になり、投資すべきかどうか考え始める。著者曰く、視点を広げ「老後の不安を減らすにはどうすれば良いのか?」を問うべきと。

    老後の不安は大きく「健康」「生きがい」「お金」に分類される。著者のお勧めは元気なうちはずっと働く。働けば「健康」も維持され、「生きがい」にもなり、「お金」の心配もいらない。年金もあるので、がむしゃらに働く必要もない。私の場合、富山市が運営する楽農学園の果樹講座(2年)を終了、老後は梨農家の手伝いで小遣いを稼げる(健康にも良い)。

    私のようにミニマリスト的な生活をしていると、生活資金は年金で十分に賄える。心配なのは医療・介護費用のみ。ただ、医療については高額療養費制度があり、介護については介護保険がある。延命治療は求めない。よってお金に関する不安より、いかに100才まで年金を頂戴し、楽しむかを考えている。

    老後資金を心配する前に、先ずは「人生の最終ラウンドをどう生きたいか?」を問うべきでは? 求めるライフスタイルによって、必要なお金は大きく変わる。公共施設も充実している。

  • 「お金」について考える

    「お金で損しないシンプルな真実(山崎元著)」を読んだ。

    一番心に残った言葉は、「お金」=「人への感謝のしるし」。我々がお店で商品を買ったときに支払う「お金」は、商品を作った人、運んだ人、販売する人達への「感謝のしるし」である。そう思えは、私も気持ちよく「お金」にお別れが出来る!

    私自身は米国の大学でファイナスを学び、新卒で入った銀行で市場部門を経験(無数のモニターが並ぶ職場)、その後も財務コンサル(事業再生含む)、企業の財務担当など、ずっと「お金」に関わる仕事をしてきた。そして、「お金」に起因する様々な喜怒哀楽に立ち会った。

    「お金」との関りを難しくしているのは、「お金」そのものではなく、「お金」に起因する「感情」とのこと。「お金」は「妬み」「不安」「欲望」「下心」など様々な感情を呼び起し、多くの人の人生を振り回している。

    そして、その感情を煽っている金融機関、インフルエンサー、詐欺師などが存在している。彼らがいなくなることはない。そうであれば、自分の身は自分で守るしかないのだが、その「守り方」を指南している人達にも羊の皮を被った狼が混じっている。

    政府も「個人による資産運用」を促進しつつ、「金融教育」にも力を入れているが、後者の方はなかなか浸透しない。極論を言えば、「英語」を話せなくても不幸にはならないが、「金融知識」がないと路頭に迷う可能性がある。人生100年時代、学校教育ではどちらを優先度すべきか?

  • 始めての法人税申告完了!

    合同会社ぐろべいを昨年1月に設立し、12月末に第1期事業年度を終えた。そこからが大変だった。社会保険事務所、税務署、富山県・市から大量の書類が送られてきた。社員は私一人、経理、人事、総務の全てを担当。もちろん、顧問税理士も社労士務所もいない。頼りはYoutube先生。

    お役所もDXが進み、全て自宅のPCから手続可能(納付含め)であるが、必要なソフトが異なる。目の前のスクリーンには幾つものショートカットが仲良く並んでいる(今朝、一人行方不明になった):e-Gov電子申請、社会保険届出書作成、申請用総合ソフト、E-taxソフト、eltaxソフト(地方税)などなど・・・ IDとパスワード管理だけで大変。

    一番手こずったのは法人税の申告。会計士と言えども、法人税は会計士試験を受けたところで終わっている(地方税は試験科目にもない)。会計ソフトを使っていないので、エクセル・データを加工し、財務諸表を作成するところから始まる。

    財務諸表が出来たところで、E-taxを使って申告書の作成を開始。何人ものYoutube先生に登場頂いたが、要領を得ない!結局、本屋に走り、「いちばんやさしく丁寧に書いた法人税申告の本」を購入。「この1冊でOK!」との売り文句であったが、ステップごとに入力事例をネットで探し出し、1週間ほどかけて完成にこぎつけた。

    もちろん、作成完了、送信、納付するまで、何度も「エラー」メッセージに道を阻まれる。何度も泣きそうになったが、本日ようやく納付完了!

    巷では、消費税減税、給付付き税額控除、社会保障の見直しなど、いろいろ議論されているが、制度・手続の簡便化も重要なのでは? 税理士、社労士を雇える人は良いけど、そうでない人は置いてきぼり。誰も取り残されない社会の実現を(SDGs)。

  • 「なぜ」と聞かない質問術

    私が長年関わっている国際NGO「シャプラニール=市民による海外協力の会」の大先輩である中田豊一著「「なぜ」と聞かない質問術」を読んだ。

    シャプラニールの活動は、1972年、独立間もないバングラデシュの荒廃した農村から始まった。そして長い間、何人もの日本人が貧困対策に取り組み、多くの失敗をした。その教訓として「当事者主義」、つまり日本人がどれだけ働きかけても(何を与えても)、貧困に苦しむ当事者が変わらない限り、何も解決しないことを学んだ。

    同書のエッセンスは、当事者に適切な質問を行うことで、当事者自身に事実関係を振り返ってもらい、主体的な問題解決に導くことである。

    単に「なぜ失敗した?」という質問は、相手を追い詰め、言い訳(思い込み)や質問者への忖度(力関係)を誘発し、問題解決に繋がらないことが多い。重要なのは、「いつ、何をした?」というような事実確認の質問を繰り返し、当事者自身に失敗に繋がった事実を時系列で思い出させ、解決策にたどり着いてもらうこと。

    面白いのは、途上国の課題解決の現場で培われた質問術が、ビジネス書を得意とするダイヤモンド社から出版され、ビジネス雑誌「プレジデント」で取り上げられたことだ。課題解決の基本は途上国でも日本のビジネスでも本質的には変わらないのだろう。

  • 「運動」も「仕事」

    私が52才で東京での仕事を早期退職し、富山にUターンした主な理由は、「このままだと楽しい老後がこないのでは?」という不安だ。父が定年と同時に脳梗塞に襲われ、不自由な老後生活を強いられた。

    東京では、「メタボ」の烙印を押され、人間ドックの結果も年々悪化、楽しい老後生活の希望が失われつつあった。会社での仕事が一段落したので、迷わず「早期退職」を願い出た。

    2020年に富山にUターンし、生活が一変。ストレスが減り、暴飲・暴食もしなくなり、毎日の睡眠も約8時間、そして週に3~4回、近所の市営ジムに通っている。その結果、「メタボ」から卒業。体が軽くなり、自然に動くようになった。

    私の場合、厚生年金と終身年金保険の保険料を払っている(投資額)。その代わり、長生きすればするほど、より多くの年金(投資のリターン)が得られる。100才まで生きれば十分に元を取れる。株式投資のように、価格変動リスクもない。

    巷では様々な投資指南が行われているが、年金への投資が最も良い方法ではないだろうか?健康と長生きへの意欲も高まる。私は運動を年金を稼ぐための仕事と考えている(長生きすることで得られる利益)。 「仕事」と思えば「運動」も苦にならない。

  • 親孝行な「お金」

    米国から知人が仕事で来日したので、急遽上京、1週間ほど滞在した。雪に埋もれた富山から(大雪警報)、澄んだ青空の広がる東京、「表日本はいいな~」と思わずFacebookに投稿した。

    年に数度の上京は、単に友達に会いに行くだけではない。個人投資家として、富山では感じられない、日本経済の動きを体感することも大事な任務(毎日2万歩、歩き廻った!)。

    先ず新幹線を降りて東京駅近辺を調査。労働者不足、資材価格の高騰にも関わらずビルの建て替えが着々と進行中(強いオフィス需要)。新宿駅と渋谷駅で乗り換えたが、両駅とも大規模工事中。案内板を解読できず、同じところをぐるぐる回った(外国人は大丈夫?)。人口減少に苦しむ富山と比べ、東京は商業都市としてだけでなく観光都市としてもどんどん進化している。

    外国人にとってのお得感か(円安)、株高による資産効果か、お金持ち相手の店舗がキラキラ輝いていた(私にとって別世界)。 私が東京で暮らした期間は、ちょうど日本経済の失われた30年に重なる。バブル崩壊後の六本木で銀行員としてスタートし、コンサルタントとして事業再生にも関わった。

    私自身は、2020年に早期退職で富山にUターンし、のんびりと余生を過ごしている。一方、私の分身である「お金」は、東京に留まり、現役でまだまだ頑張っている。私の「お金」を息子に例えると、長男は東京で(Topix、国内Reitなど)、次男は海外で(海外インデックス、Reitなど)、3男は新興国で(インド、ベトナムなど)働き、3兄弟とも生活費も使わず、稼ぎを全額仕送りしてくれる。